遅進流体力学的流出の全粒子DSMCモデリング

地球型惑星の大気の遅進流体力学的流出を調べるために、DSMC法を用いて粒子シミュレーションモデルの開発を行っています。

遅進流体力学的流出は、大気の宇宙空間への流出機構の1つです。中心星からの強い紫外線に照射されて膨張した惑星大気で起こります。M型星周りのハビタブルゾーンに見つかっているプロキシマbやトラピスト1 e, f, g などは遅進流体力学的流出状態である可能性があります。また、形成されて間もない大昔の地球や火星でも起こったと考えられています。遅進流体力学的流出によって流出する大気量は膨大で、その後の大気進化の方向(地球は温暖湿潤、火星は寒冷乾燥)を決めた一因かもしれません。

従来、遅進流体力学的流出状態の大気のシミュレーションは流体モデルで行われてきました。私は、外圏底近傍の分子間衝突が支配的な領域から自由分子流へと遷移する領域の運動論効果を解くために、全粒子モデルの開発を行っています。

開発した全粒子モデルで行った地球類似惑星の遅進流体力学的流出のシミュレーションは、大気が膨張するときに生じるはずの断熱冷却効果が、外圏底近傍で弱まることを示唆しています。断熱冷却は、壁に囲まれた空間に閉じ込められた空気の体積が大きくなるときに、壁の中の空気の温度が下がる現象でよく説明されます。これは、壁の中の分子が壁を押し広げるときに運動エネルギーを失っているためです。大気中には壁はありませんが、周囲の大気分子が壁の役割を果たします。しかし、外圏底近傍は大気が希薄なため、壁の役割をする大気分子がなくなっていきます。この場合、大気が膨張してもエネルギーを失わず温度が下がりません。断熱冷却効果が十分に効かなければ、遅進流体力学的散逸状態の惑星の大気の温度は、流体モデルで計算されているよりも高くなります。また、大気はより膨張し、大気の流出量は大きくなることでしょう。(研究員 寺田香織)

画像:NASA

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